とても面白い秀逸なエピソードでした。
ロシア皇帝の歴史や家系図などできる限りリサーチしてまとめました
なお、ロマノフ皇帝一家のNetflixドラマ「ラスト・ツァーリ ロマノフ家の終焉」を視聴、より詳しいロマノフ皇帝一家のエピソードについてはコチラを見てください。
#6 イパチェフ館 Ipatiev House あらすじ
ロシアの民主化を推し進めたいエリツィン大統領は英国女王の後ろ盾を得ようとする。エリザベスとフィリップの結婚生活に新たな問題は浮上する。
相関図
まとめ
【過去】ジョージ5世の決断
1917年、首相官邸からジョージ5世に書簡が届く。
政府はロシア皇帝ロマノフ一家をイギリスに避難させるのに国王の同意が欲しいというもの。ジョージ5世はその決断をメアリー王妃に託す。メアリーの決断は、「許可しない」だった。

ロマノフ王朝の最期
ロシア、エカテリンブルグ。
ポリシェヴィキから、「安全な場所に移す」と言われたニコライ2世は、「従兄弟のジョージ5世は我々を見捨てなかった」と安堵。指示に従いイパチェフ館に移送されるが、一家は地下室に集められ、「お前たちの一族がソ連邦を攻撃している事実を鑑みて死刑に処する」と言うと、「労働者のためだ」「革命万歳」と叫ぶポリシェヴィキにより銃と銃剣で惨殺された。

300年に渡る皇帝支配(ロマノフ王朝)が続くロシアは1904年日露戦争に敗戦、食糧難が続く。
1914年第一次世界大戦が勃発。ロシアは英仏を支援するが、戦争は長期化。多くの市民が困窮する中、莫大なお金がかかる戦争に民衆は不満を募らせ、治安悪化、暴動が相次ぐ。とうとう兵士不足に農民まで駆り出され、農産物生産性が低下、皇帝ニコライ二世への不満は2月革命を引き起こし、退位することに。
【ジョージ5世とニコライ2世の関係】
ニコライ2世とジョージ5世は従兄弟の関係。
ジョージ5世の母アレクサンドラ・オブ・デンマークとニコライ2世の母マリア・フョードロヴナは姉妹
ジョージ5世とニコライ2世は容姿がとてもよく似ていたと言われている。
【イパチェフ・ハウスとは】
ロシア、エカテリンブルグにあった商人の館で1918年、ニコライ2世一家が幽閉され、7月17日、ロシア共産党ボリシェヴィキ(レーニンが率いた社会民主労働党のこと)によって惨殺された場所。イパチェフ・ハウスは1977年に取り壊されたが、それは当時スヴェルドロフスク州の党最高責任者であったボリス・エリツィンの命令だった。跡地には2003年血の上の教会が建てられている。
夫婦関係
心の距離
70才を超えても精力的に活動するフィリップが3週間の外遊に出ることに。外遊中、趣味の馬車レースにも出場するフィリップにエリザベスは、「疲れないのか」と言うが、「止まっている方が苦痛だ」といそいそと出発してしまうフィリップ。エリザベスは心の距離を感じる。
外遊にはペネロペ・ナッチブルも同行していた。
フィリップの叔父ルイス・マウントバッテン卿の孫息子ノートン(のちのロムジー卿)の妻。
ノートンはフィリップの名付け子。フィリップは娘レオノーラをガンで亡くしたペネロペを精神的に支え、馬車レースの楽しみを教えた(詳細エピソードはココ)
エリザベス女王とエリツィン大統領(1991年)
1991年8月、ソ連共産党保守派がミハイル・ゴルバチョフ書記長を拘束、ソ連を共産党支配下に置こうとクーデターを起こしたが、ソ連国民の抵抗や、ボリス・エリツィン大統領を中心とする民主派の抵抗により失敗。ポリス・エリツィンは冷戦時代には戻らないと明言、ロシア連邦初代大統領に就任した。
ロシアを訪問したメージャー首相はエリツィン大統領と会談。その席でエリツィンから、訪英をしたいこと、エリザベス女王とも拝謁したいとの申し出があったと言う。
だがエリザベスはフェローズ秘書官から、祖先の死とエリツィンに関わりがあると知らされる。

王室昼食会
来訪したエリツィン大統領がバッキンガム宮殿へとやって来た。
食事の席でエリツィンは、「ぜひ陛下にモスクワに公式訪問いただき、共産主義の終焉と民主主義の復権を祝いたい」とオファーするがエリザベスは、「光栄ですが話しを進める前に考慮するべきことがある。イパチェフ館のことです。そこで祖父の従兄弟ニコライ2世とその一家は殺された。イパチェフ館はあなたの指示で取り壊された。それは私の親族の死を軽視する行為。敬意を持って丁重に埋葬して欲しい」と要求。エリツィンは、恥ずべき行為だが当時一介の役人で、アンドロポフ、ブレジネフの命令に従うしかなかったと説明すると、「最善を尽くす」と約束、エリザベスはそれが前提であるならモスクワ訪問すると約束する。

しかしエリツィンの腹の中はちがった。
エリザベスがロシア語がわからないことを良いことに、「女王に何の権限がある?ロマノフ家の死を封印したのは政府じゃない。発言に気をつけるべきだ。しかもここが宮殿?サンクトペテルブルクのトイレより狭い」と悪態をつく有り様。

エディンバラ王配殿下の協力
3週間後、エリツィンはロマノフ一家の遺骨調査を始める。すぐさま遺骨が見つかるが、銃弾で破壊された頭蓋骨、側頭に埋まった弾、遺体に酸をかけて埋めたため確認作業が行き詰まってしまう。そのためエリツィンは王室に協力を求めて来た。
エリツィンが求めたのはフィリップのDNAを照合検査に使いたいと言うもの。フィリップは快く協力、DNA検査の結果、98.5%一致。遺骨はロマノフ一家のものと断定された。
ペネロペに、「DNAには病気の遺伝的素因はあるけれど、行動、決断にもあるのかも」と言われ、一気に先祖、ロシアとのつながりに興味を持ち始めたフィリップは探求しはじめる。

ロシア訪問
1994年、エリザベス女王はフィリップ王配殿下と共にロシアを訪問。
20日間に渡る訪露ではロマノフ家の葬儀に参列する予定だった。

晩餐会でエリザベスは、「互いの協調と理解と尊敬に基づいた新たな関係を築きたい」とスピーチ。
クレムリンを見学、ロシア正教会の最高指導者アレクシー2世と会見、名戦士の墓に献花した。
だが2名の遺骨の身元が判明せず葬儀は延期となってしまう。
エリザベスの心、フィリップの心
「失望した。親族がやっと埋葬されると言う約束で訪露したのにできないなんて」と嘆くエリザベスにフィリップは、「焦っても仕方がない」と言うが、エリザベスの失望の本当の理由はフィリップだった。
「あなたは私のそばにずっといない」と言うエリザベスにフィリップは、「多忙なんだ。何より私の親族にキミの親族がもたらした酷い出来事について知りたかったんだ。思い出すんだ。キミとの結婚でキャリア、自己決定権、信仰を諦めた。私のルーツは正教会だ。結婚して47年、キミとは興味も好きなものも宗派も違う。私はエネルギッシュで好奇心旺盛だがキミは穏やかさと安定、静寂を求める。疑問を持たない探らない。それが時に私を孤独にした。私の幻滅は今にはじまったことじゃない。だから心のつながりや知的な精神的な友好関係を求めた」と言い出す。

その発言で具体的な相手がいると直感、「誰なの」と問うエリザベスに、「馬車レースやホームパーティの仲間だがその仲でも一番仲が良いのはペネロペだ」とフィリップ。名付け子の妻でフィリップの半分の年齢の身内であるペネロペが相手と知り、深く傷ついたエリザベスは、「私はあなたのソウルメイトよ。私が関係を絶ってと望んだら?」と言うが、フィリップは、「何も悪いことをしていないのに止めろなどと言われたくない。ただし記者や他の愚か者がペネロペといる私を見たら誤解するかも知れん。だからキミの頼みがある。ペニーの友人になって欲しい。人目に触れる場所で彼女と仲良くして欲しい。キミもロマノフ家の最期について彼女と話せば学びがある。キミが知っている事実とは違う真に手を血で汚したものが誰か知ることができるだろう」と言う。

エリザベスとペネロペ
後日エリザベスはペネロペをウィンザー城に呼び、ロシア皇帝一家惨殺の黒幕について考えがあるのかと問う。するとペネロペは、好奇心で調べたのだと言い、「歴史家の間でジョージ5世とメアリー王妃はロマノフ家を救わないと言う選択をしたと言う説がある」と言い出す。エリザベスは、「それはない、祖父とニコラス2世は従兄弟で顔も良く似てた。従兄弟に危害が及ぶのを祖父が許すはずがない」と言うが、ペネロペは、「見捨てた理由は他にある」と言うと、エドワード8世(のちのウィンザー公)の若い頃の日記をウィンザー城の書庫で見つけた。「ここの記述がある」と言う。(冒頭1917年のエピソード参照)

ペネロペは2人の女性の間にライバル心があったと言い、「メアリーは自分より美しく立派なアレクサンドラに見下されたくなかった」と推論を述べるが、
エリザベスは、「面白い説だけどあなたが読んだどの本にも祖母がアレクサンドラを拒んだ真の理由には触れていない。ライバル心とは無関係よ、祖母は君主を民衆の暴動から守らなければならないと必死だった。ロマノフ家を救出することは極めて大きな脅威だった。なぜならイギリス国民はロシア皇帝を嫌っていたし、祖母自身がドイツ贔屓と見られていたから。事実私の祖母はロマノフ一家が惨殺されたと聞き打ちのめされた。だけど王妃として感情を表すことはできない。それで感情を押し殺し寡黙な人になった。でもあなたの探究心には賛辞を送る」とエリザベス。ペネロペは、「娘を亡くして以降本に埋もれて時間を過ごしてきた。馬車レースの仲間にも救われている。夫とは興味や生活スタイルがどんどん合わなくなっているけれど別れません。ブロードランズには娘のお墓がある」と言う。

エリザベスは、「私たちは民衆に家族の絆の深さを見せることが大事。エディンバラ公が女性といるところを見られるのは望ましくない。だから今年のクリスマスは私のクルマで礼拝しましょう。誤解を防ぐために」と言うが、その後ひとり涙を流す。

結婚維持に必要なこと
謁見にやって来たメージャーから、「最後の遺骨が皇帝のものと断定されたので皇帝一家の正式な埋葬が行われる。エリツィン大統領からは両国の友好関係の再開させたいと望んでいる」と報告を受け、安堵するエリザベス。
メージャーは結婚47周年を迎えるエリザベスに祝辞を述べるが、「結婚の維持に必要なのは何かしら」と問われ、「ドストエフスキーの妻アンナが、”自分と夫は性格も気質も対照的、考え方も正反対だったが互いを変えようとせず、干渉もしなかった。そのおかげで二人は仲良く過ごせた”と言っています。それが結婚維持のカギかも知れません」と言う。

感想
かなり興味深いエピソードだった。
世界史に疎いのでイギリス王室がロシア皇帝とつながりがあることすら知らなかったし、ロシアと言えば、ドストエフスキー、トルストイ、ロマノフ王朝、マラマーゾフの兄弟ぐらいの知識しかなかったので、このエピソードでよりロマノフのことが知りたくなりました。
なんせロマノフはロシア帝国300年を終わらせた王家らしいです、イヤ~興味深いっ!
ところでエリザベスがペネロペとウィンザー城で会って話したあと、堪えきれず涙するシーンがあったけど、あの時のエリザベスの涙の理由は何なんだろう?
そんなわけでもしかしたらNetflix「ラスト・ツァーリ ロマノフ家の終焉」を今後見る可能性が出てきました。
シーズン5、いいですね。



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