ザ・クラウン 5 #8 火薬(相関図)

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ダイアナインタビューが放送されるまでのエピソードその2

#8 火薬 Gunpowder あらすじ

バジールはダイアナからインタビューの承諾をもらうが、王室との関係を鑑み簡単に許可が出せないBBC局長ジョン・バード。

相関図

まとめ

ウィリアム

時代の変化とエリザベス

ウィリアムは祖母からTVの調子を見て欲しいと言われたものの、そのあまりの古さに、「新しいのに買い換えたら?衛星放送で世界中のTV番組が見れるしおばあちゃんの好きな競馬も専門チャンネルもある」と買い替えを勧めるが、エリザベスは、「国家元首は国営放送を裏切ることはできない」と言う。

複雑なウィリアム

そんなウィリアムは母ダイアナから、「新しい友だちができた。特別の友だちになれればいいと思ってる」と言われ、「聞きたくない、反応に困る。ただでさえ報道はママのことばかりだ」と言ってしまう。

ダイアナとハスナット・カーンとの関係は続いている

BBC

1995年頃、イギリスではBBC地上デジタル放送政策が世界に先駆けて発表され、地上波放送も多様化。
BBCでは初代会長リースの理念を守りたい保守派理事議長デューク・ハッセイ革新派の会長ジョン・バートが対立していた。


会長ジョンの決断

ダイアナのインタビューを取り付けたバジールはプロデューサーのスティーブに、「ダイアナは質問も編集もこちらに任せてくれる。条件は放送前に女王陛下に話すことだけ。撮影はケンジントン宮殿で11月5日の夜にやる」と動き出すが、会長ジョン・バートの許可が必要だと言われプレゼンすることに。
「王室批判ではない。チャールズを批判することにはなるが、ダイアナがBBCを選んだのは安心感と理解を得られ、守られるからだ」と言うバジールにジョンは、「数日猶予をくれ。国営放送で個人的な話しを扱うことの是非も考えねばならん。議長のハッセイを筆頭に激しく反対されるだろう」と保留にする。

そこへハッセイから、「緊急で会いたい」と連絡が入る。ジョンはダイアナのインタビューがバレたのではないかと肝を冷やすが、ハッセイの要求は、「私の任期満了に際し、エリザベス女王に賛辞を送る番組を放送して欲しい」と言うものだった。
ジョンはハッセイから、「そういう番組こそがBBCの役目だ。王室とBBCは切っても切れない縁がある。そもそも女王陛下の特許状のおかげでBBCは存続している。一度だけでいい、BBCのオールドスタイルで番組を作ってくれ」と要求され、ハッセイの時代錯誤に呆れ、ダイアナのインタビューを許可してしまう

スペンサー伯爵の懸念

一方バシールを紹介したスペンサー伯爵は、バシールの話しに整合性がないことに納得できず、「これ以上関わるべきじゃない」とダイアナに忠告。ダイアナはインタビューの取りやめをバジールに打診するが、バシールは、「我々は成功する。急な心変わりは浅はかだ。これ以上惑わされる前に実行しましょう」とダイアナを説き伏せてしまう。

ガイ・フォークス・ナイト

【ガイ・フォークス・ナイトとは】
400年以上開催され続けているイギリス全土のイベント。
起源は1605年、弾圧されていたカトリック教徒が国王ジェームズ1世と議員殺害を企てた政府転覆未遂事件。国王が出席する国会開催日(11月5日)に国会議事堂(現ウェストミンスター)を爆破しようとするが寸前で発覚、大義は果たされなかった。それ以降、国王が無事であったことを記念して祝日に制定。
現在でもお祭りや花火大会などのイベントが行われている。
ちなみ”火薬陰謀事件を題材にしたドラマが「ガンパウダー」。
主演はゲーム・オブ・スローンズのジョン・スノウ役のキット・ハリントン。
キット・ハリントンの本名は、「クリストファー・ケイツビー・ハリントン」、カレの祖先が謀反を企てた首謀者ロバート・ケイツビーだそうです。残念ながら現在、動画配信されていません

バジールたちは最少人数のスタッフと放送機材を乗せたバンでケンジントン宮殿へ入る。
ガイ・フォークス・ナイトの花火があがる中、ダイアナのインタビューがはじまった・・。

躊躇

編集作業はロンドンを離れイースト・ボーンのクィーンズ・ホテルの1室で秘密裏に行われた。

ダイアナのインタビュー見たジョンは、「これはクーデターだ。彼女だけじゃなく我々まで破滅しかねない。ダイアナの狙いは王室のイメージの失墜だ」と言うが、「BBSが断っても彼女はどこかの局で話していた」とバジール。バジールは、「私の目を見て後悔させないと言え」と言うジョンに、「させません」と言い、放送日が決まった。

パラボラアンテナ

結局エリザベスはBS放送導入を決断、すべての宮殿で放送を見られるように。
ウィリアムは、「これで競馬専門チャンネルが見られるよ」と言うが、はじめてBBC以外のチャンネルを見たエリザベスはカルチャーショックだった。
そんな娘を見て王太后は、「王位継承者となった1936年。世界ではじめてBBCがテレビ中継したの。当時テレビを持っている国民はほとんどいなかったけど、それを変えたのが娘の戴冠式。人々は戴冠式を見ようとテレビを買いに走った。その時、チャンネルはBBCだけ。毎日たったの3~4時間の放送で最後に国家を流してた」と言う。

そこへダイアナから今夜エリザベスと謁見したいと連絡が入る。

ダイアナの告白とエリザベスの思い

ダイアナは自ら出向きエリザベスに、【取材を受け11月20日にBBCで放送される】ことを伝えるが、内容が結婚生活だと知り、「またそれ。その話しは何度も聞いた。公の場で話すのではなく当事者同士で話すべきこと」と苦言を呈するが、「努力しました。お母様にも何度も話したいと頼んだけれどその度に断られた」とダイアナ。
エリザベスは、「多くの人からあなたのことを聞かれるけれど、ただの一度もあなたを悪く言ったことはない。それどころか息子の妻で孫の母親、大切な家族の一員だと忠実に断固として力の及ぶ限り守ってきた。あなたは私を敵とみなし、王族はあなたに敵意を抱いていると思っているけれどそれは想像でしかない。家族の誰もがあなたの幸せを願っているし、いつか次期王妃になることを望んでる」と。

それでも放送されると察したエリザベスは、ウィリアムを案じるが、「強い子ですが放送は見るなと言います」とダイアナ。「子どもなのに荷が重すぎる。私も放送を見ない。20日は私とフィリップの48回目の結婚記念日だから」とエリザベス。ダイアナは、「お祝い申し上げます。私もそうなりたかった」と言うのだった。

1995年11月20日BBC

ダイアナのインタビューが放送された。
赤裸々にインタビューに答えたダイアナは、「この結婚は3人でしてました。いつもカミラ・パーカー=ボウルズがいた」「私が結婚したのは家族ではなく制度。最後まで闘う」「チャールズ皇太子は国王に向いているかはわからない。私はカレを憎んでも怒ってもいない。ただ悲しいだけ。私たちの結婚は失敗だった」と。

 

感想

私が皇太子に見初められ王室に入るなんてことは天地がひっくり返ってもないので(笑)実際、ダイアナがやった行為をどう理解するかは難しいところだけれど、ハリー王子&メーガン(敢えて妃とは書きたくない)同様、ダイアナは自分の人生が第一優先。王室はその次だったんじゃないかなと思います。
もちろんすべての発端は、チャールズとカミラの仲を割き、ダイアナと結婚するよう勧めたことですけど。
ダイアナの過去を知れば知るほど彼女は誰と結婚しても幸せになれたのかなと思うことも。これは冒涜的な発言で申し訳ないですが。

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